1995年、阪神大震災。中学生だった私は、テレビに映し出される映像に衝撃を受けるとともに何もできない無力感を覚えました。少しでも何かしたいと仲間に声をかけ募金活動を主導しました。それが、防災への原点です。
東日本大震災後、南三陸町へも自ら足を運び防災対策や復興についての課題を学び、今につながります。現場でしか分からないことがある。そこからの学びを次に生かすことに価値がある。その確信が、今も行動の軸になっています。
1995年、阪神大震災。中学生だった私は、テレビに映し出される映像に衝撃を受けるとともに何もできない無力感を覚えました。少しでも何かしたいと仲間に声をかけ募金活動を主導しました。それが、防災への原点です。
東日本大震災後、南三陸町へも自ら足を運び防災対策や復興についての課題を学び、今につながります。現場でしか分からないことがある。そこからの学びを次に生かすことに価値がある。その確信が、今も行動の軸になっています。
「小さくても適材適所で役に立てる」
幼い頃に読んだ絵本『しょうぼうじどうしゃじぷた』からの学びが、この事業の原点です。専門性を磨きあげ、必要とされる場所で全力を尽くす。小さくても、誰かの役に立ちたい。それが災害機動研究所の哲学です。